問いを育て、未来を描く――新しいデザイン教育のつくり方/東北芸工大クリエイティブ?スクールレポート

インタビュー

上記写真左から)長谷川敦士氏、石川俊祐氏、天野元氏、酒井聡教授

【登壇者】
◎長谷川 敦士 氏(上記写真左)
武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科主任教授 / (株)コンセント代表取締役
◎石川 俊祐 氏(上記写真中央左)
(株)KESIKI代表取締役CDO / (株)ウッドユウライクカンパニー代表取締役 / 多摩美術大学TCL特任教授 / 東北芸術工科大学客員教授 / 旭川市最高デザイン責任者(CDP)
◎天野 元 氏(上記写真中央右)
仙台市教育長
◎酒井 聡 教授(ファシリテーター)(上記写真右)
東北芸術工科大学デザイン工学部長 / 東北芸術工科大学大学院デザイン工学専攻長(修士課程)

問いを育て未来を描く
講座の様子

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デザイン×エンジニアリング×ビジネスを軸にした新しい教育の形

足球彩票7年度より仙台市がスタートさせた、ワクワクする多彩な魅力あふれるまちづくりを目指す『定禅寺通アート?エンタメ創出事業』。その取組みの一つとして開催されたのが『東北芸工大クリエイティブ?スクール』です。全8講座ある中で、「問いを育て、未来を描く――新しいデザイン教育のつくり方」のファシリテーターを務めた酒井聡教授は冒頭、“山形”芸術工科大学ではなく“東北”芸術工科大学であることに触れ、「この講座ではデザインや芸術の力を使って“東北”をどのように活性化し、そして未来をつくれるのか登壇者や会場の皆さんとともに考えていきたい」と語りました。

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酒井 聡 教授

あわせて “その発想を、地域の力に。その技術を、社会の未来に。”というキャッチフレーズのもと、本学の大学院が2026年4月より、社会人に向けた『クリエイティブ?イノベーター?コース』と学部生?留学生に向けた『クリエイティブ?シナジー?コース』の2コース制に再編されることを紹介。「芸工大って、実はデザイン学部じゃなくてデザイン“工”学部なんですね。その名前を大切に、大学院では『デザイン』とそれを実現する力である『エンジニアリング』、そして『ビジネス』の三つをカリキュラムの主軸として考えています。『ビジネス』は、単に経済的に稼ぐということではなく、デザイン?エンジニアリングを学んだ人たちが、考え出したものを実際に事業化して人に届けるためには、やはりビジネスの観点が大事になってくる。そういった三つの観点をもって、講義と演習を行き来するような、実践的な学びをしていこうと思っています」と再編の思いを伝えました。

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2026年4月より大学院を再編(講座中のスライドから掲載)

誰もがデザインする時代に求められる、問いを立て自ら学ぶこと

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長谷川 敦士 氏

長谷川:「20世紀型のデザインは“Design for People”と呼ばれ、専門家が一般の人のためにデザインをしてあげるという時代でした。21世紀になるとデザイン思考の広がりや、スマホのアプリをつくるといった仕事などを通じて、デザイナーが企業や行政と一緒にデザインを行っていく“Design with People”へと変化。そしてこれからの時代は“Design by People”、つまり誰もがデザインしていく世界が来るだろうし、来なきゃいけない。そんなことを考えながらデザインに携わっています」

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デザインの概念の変遷(講座中のスライドから掲載)

かつては専門家だけのものだったデザインが、誰にでも関わりのある一般的な能力、知識になりつつある現代。そんな中、デザインを経営に役立てられる社会人を育成するためにはどんな学びが必要なのか、2018年に経済産業省と調査研究を行った長谷川さん。デザインスクールと呼ばれる社会人向けデザイン教育の場で提供されている世界中のプログラムを、網羅的に分析?整理したと言います。

長谷川:「必要なのはバズワードに流されることなく、自ら主体性を持って必要なものを取得していける知識や概念。また美大でデザインを学ぶ時は、グラフィックをつくるとかUXをつくるといったことだけでなく、自分で何かをリサーチして自分なりに問いをつくってみる教育をしています。“こういう問題があるんじゃない?” “こういうことをやったらいいんじゃない?”と自ら探索していける思考というのが、実はアート思考に近い。それに加えて、“こんなこと面白いよ”と言って他の人を巻き込みながら進めていける、新しい形のリーダーシップ像。さらに、デザイナーというとこれまではビジネスのことがわからなくても許されるような側面がありましたけど、自分のつくるデザインがビジネスとどう関係するかをきちんと語れるような知識を持つ。そういったことが必要であろうということが整理されました」

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高度デザイン人材育成の学習要件(講座中のスライドから掲載)

これをもとに、武蔵野美術大学ではクリエイティブイノベーション学科を造形構想学部に、またその延長となるクリエイティブリーダーシップコースを大学院に設置。さらに大学と企業をつなぐ研究所も創設しました。大学院は1学年に25名ほどが在籍。そのうち約半数が社会人で、企業のマーケターや会計士、エンジニアなど業種もさまざま。授業では社会人と学生が一緒になってワークショップを行いながら楽しく学びを深めているそうです。

そんな長谷川さんが考えるアートを学ぶ意義とは、“観察力”?“批判力”?“構想力”の育成。作品をつくるということを真摯に行うと、そのモノの質感や背景まで見ようとする“観察力”が育つと言います。さらに“批判力”とはあらゆる立ち位置から生まれるさまざまな価値観、つまり多面的な視点から思考すること。そして発想を展開し、描き出していく“構想力”。こうした力を、もともとは大学院の2年間のプログラムとして教育していましたが、教育の効果に大きな意味を感じ、2022年からは、短期間で学べるよう週1回10週間の履修証明プログラムとしても学びの機会を提供しているそうです。

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アートを学ぶ意義(講座中のスライドから掲載)

また、デザイン教育のプログラムを提供する自身の会社での経験から、ここ数年、デザイン教育のニーズがものすごく高まっていると語る長谷川さん。続けて、今後重要となるデザイン教育の手法として心理学者レフ?ヴィゴツキーが提唱した『発達の最近接領域』の考え方に触れ、「人には物事に対して、わかっているとわかっていないの間に“わかってきた”、慣れていると慣れていないの間に“慣れてきた”、できるとできないの間に“できるようになってきた”という感覚が必ずある。そういった感覚を得られる機会をつくることで、自らどんどん学んでいくようになる」と話しました。

そして最後に、学生自らが子どもたちに対して、経済など他分野の専門知識をわかりやすくデザインで翻訳し学びを提供するという、実験的な取り組みについて紹介。「何よりこの学びをつくっている学生自身が、人に教えることで自らの理解を深めていける。こういう教え合いの教育に可能性を感じていますし、それをいろんな経験を持つビジネスパーソンの方々が行えるよう、社会人教育に取り込んでいけたらと思っています」

社会課題を希望に変える、寄り添うデザインの実践

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石川 俊祐 氏

人や社会に寄り添って新たな行動を起こすための技術や発想法、マインドセットこそがデザインと捉えている石川さんは、今の社会は生産し消費するという“経済性”の側面に偏っているのではないかと言います。

石川:「“社会性”“文化性”というものを非常に大事な軸と考えているのがデザインであり、そんな軸を持つデザイナーがリーダーシップを取ることできちんと“経済性”も推進できる。要は営利目的だけではない、未来価値のための意思決定を助ける方法としてデザインを学ぶってことがあるのではないかと思っています」

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ビジネスの三つの軸(講座中のスライドから掲載)

そして実践事例として紹介されたのが、後継ぎがいなかった無垢の木の家具ブランド『ウッドユウライクカンパニー』を買い取って子会社化するという取り組み。職人の多くは日当制で、風邪をひいたらその日の収入がなくなってしまうという厳しい現状を変えるため、まずは月給制に変えるところから石川さんたちのデザインは始まっていると言います。「取り組む理由は、職人さんが食べていける世の中にしたいから。手仕事だったり、何かを愛でるとか、美しいと思うとか、触れるとか、そういったことはきっと日本の未来の資産になるだろうしビジネスにもなっていく。そして良いブランドがあるとそのお金を職人にも還元できるし、森にも還元できる。そういう考え方がデザイン的な後押しだと思っています」

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事業承継したウッドユウライクカンパニー(講座中のスライドから掲載)

続けて、北海道旭川市で行われている地域デザインの取り組みについても紹介。旭川市最高デザイン責任者である石川さんは、未来を描くことから今やるべきことを構想し、目的意識を持って自ら動こうとする、主体性を持つ人材を育てるためのデザインシステムづくりに携わっています。

石川:「数年前に『あさいち』という朝のマルシェを提案しました。その際、地元の人たちに手を挙げてもらい、例えば国からの補助金をどう取得するか地銀の方が一生懸命考えたり、地元のデザイナーさんがロゴを一生懸命考えたり、地元で『kutta』という食のメディアをつくっている会社さんが地域の約30社にイベント参加の声がけをして、自立的に地域商社みたいなものが成り立っていったり―。そうやって一度実験的に開催したら、目標300人のところ2日で約7000人が来場して、年4回の行事へと発展しました。それにより参加した企業さんの名前が知られるようになってちょっとずつ売上が上がっていったり、地元の創造性ある若い人たちがコワーキングスペースのようなものをつくったことでそこに人が集まるような流れが出てきたり、その辺がすごくデザイン的なアプローチだったなと感じています」

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旭川市での「あさいち」(講座中のスライドから掲載)

そして最後に石川さんが取り上げたのは、人に寄り添うデザインの力。脳性まひを持つ16歳の少年がナイキに送った、「手を動かせないから靴紐が結べなくて履けない」という一通の手紙。それがきっかけとなり開発された、手が不自由な人でも簡単に着脱できる『FlyEase』は幅広く支持され、世界中へと広がっていきました。

石川:「ビジネスをやろうとすると大量の消費者をつかまえたくなるけど、不自由を抱える人の味方になること、その人を見逃さないことが実は多くの人たちにとってより使いやすいものになりうる。それがイノベイティブな発想につながるデザイン的アプローチだと思っています」

小さな成功体験が導く、未来を楽しくするための気付き

続いて仙台市教育長の天野元さんが、仙台市の小?中学校におけるデザイン教育の現在について紹介しました。GIGAスクール構想により生徒一人一人がタブレットを持つようになったことが、大きな変化をもたらしているといいます。

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天野 元 氏

天野:「タブレットでは写真が使えるため、デッサンをしなくても撮った写真で構図について議論したり、公園で撮影した写真をもとにミニチュアを制作したりしています。また、いろんな商品を持ってきてもらって、“この商品はなぜこういうパッケージデザインなんだろう?”というのを学んだ上で真っ白な牛乳パックに自分でデザインして、訴求力のあるデザインとはどういうものなのかを考えてみたり、そういった教育が今、仙台市の小中学校の現場で行われています。すると、授業が終わって学校から帰る時、今まで見えていなかったものが見えてきたと。例えば“初めて夕日を見つめてみた”とか、そういう変化が子どもたちに生まれてきているようです」

そうして養われていく、日常の中に潜む美しさや工夫を見つける感性。さらに、デザインの学びの実践例として紹介されたのが、仙台市で行われている『こどものまち』プログラム。これは小学6年生が約6か月かけて“まち”をゼロからつくるプロジェクトで、児童たちは市長選を行うために公約を考えたり党派をつくったり、選挙ポスターや動画も自分たちで制作。さらには市役所や警察、商店街、求人?求職などの機能も自身たちでつくると言います。

天野:「単にチラシとか選挙ポスターといったグラフィックデザインを学ぶということではなく、これはどちらかというとまちづくりを通してデザイン思考を実践できる場。また、デザイン教育にはデザインする側とデザインを受容する側、二つの側面があって、デザインする側としては形あるもののデザインはもちろん、例えばどうやったら住みやすいまちになるかっていうのをデザイン思考で捉えていける大人に育てていくこと。もう一つのデザインを受容する側というのは、例えば商品一つを目の前にした時、その裏に隠された制作者の意図だったり、または自分に対するマーケティングの圧力といったものをちゃんと理解できる大人に育てること。この二つの側面で語れるのではないかと思いました。」

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つまりデザインとはスキルではなく、目的を実現するための“考え方”や“進め方”そのもの―。
3名のお話を受け、その意義について酒井教授が改めて長谷川さんへ尋ねると、「DX(デジタルトランスフォーメーション)化が進むこの時代、ビジネス全般でデザインが必要であることから経済産業省とともに“デザイン職能”を定義する取り組みを進めている」という話題に。

長谷川:「実は今、経済産業省で新しく国家資格をつくろうとしているのが『デザインマネジメント領域』。それには二つの意味があり、一つは“組織内デザインのマネジメント”と言って、デザイン組織を管理する人とか、デザインプロジェクトの推進を管理する人とか、あとは制作全体の進行を管理するプロダクションマネージャーや、複数あるプロジェクトのどこに誰をどう配置するかを考えるデザインプログラムマネジャーで求められる能力を指しています。そしてもう一つが、“デザインによるマネジメント”。例えば普通のビジネスパーソンが何か新しい事業を立ち上げたり行政の施策を実行したりする時に、最初から大きなことやろうとするのではなく、小さく始めて繰り返しやっていこうとか、あるいはちゃんとユーザーの声に合わせてやっていこうとか、そういったデザインの考え方によるマネジメントが必要で、それができる人材を一般のビジネスパーソンや行政職員の中に増やしていかなければいけないと思っています」

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検討を進めるデザイン職能の定義(講座中のスライドから掲載)

また石川さんのお話にあった、旭川の方たちが自立的?自発的に“デザインによるマネジメント”を実践している事例を受け、そこへの誘い方や背中の押し方があるのか酒井教授が尋ねると、「結局は人と人。思いが近く、一緒にやりたいと思える人たちを紡いであげることが必要」と石川さん。

石川:「あとは小さい成功体験をいかにつくるか。市から予算をつくっていただき発注してもらうことで責任が生まれ、そしてやった後には新しい学びと経験が手に入る。多くのことは自分のモチベーションが高ければやれるので、そこを促していけると自発的な活動が広がってくるんじゃないかな」

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そんな登壇者の方々の事例や考え、思いを聞き、「小さな成功体験を繰り返していくことが可能性を開いていくことにつながる。それは子どもも大人も関係なく、これからの社会にとって非常に重要なことで、だからこそ芸工大でも社会人に学びを届けたいと考えているし、仲間をつくっていくという感覚やデザインを通して気付けるものが多いということを届けていきたい」という言葉で講演会を締めくくった酒井教授。

社会全体がデザイン教育のフィールドになっていること、そしてデザインを単なるスキルではなく、社会や一人一人の可能性を大きく開くための思考や手段と捉えることの重要性を強く感じられる、貴重な機会となりました。

(撮影:法人企画広報課 取材:渡辺志織)

酒井聡教授 プロフィール

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東北芸術工科大学 広報担当
東北芸術工科大学 広報担当

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